足もとのいのち
この春、わが家のちいさな庭に幼木を植えました。
カンザンという種類の桜です。
まだまだ肌寒い時期に植えた頃には 濃いピンクの花が咲いていました。
花が散ったころ 家人が桜の枝に 小さな幼虫を見つけました。
「ここにいるよ」
と指をさされても気づかないほどの小ささ。
気づけない理由はそれだけじゃありません。
桜の枝そっくりすぎる、つまり上手に擬態(ぎたい)していたからです。
* * * * *
幼虫との共同生活(?)がはじまって そろそろ5カ月ほどがたちます。
春の嵐で強風が吹く日も
梅雨時期に太陽が何日も当たらない日も
スコールのようなどしゃぶりの雨が打ちつける日も
ひたすら
「ワタシ サクラ ノ エダ デスカラ」
の姿勢を崩しません。
ほとんど動かないのですが 朝晩 見るたびに
ちょっと移動していたり
アタマが下になっていたり
葉っぱの下にかくれていたり。
強い風が吹いた翌朝は さすがに疲れたのか
ぶらーーーん、とぶらさがっていたり。
その間、彼(彼女)は、ぐんぐん大きくなっていきました。
梅雨が明け、夏を迎えた今日も
彼(彼女)は ちいさな葉っぱに隠れるようにして 枝のフリをしています。
ずいぶんと大きくなったので 幼木に隠れ切れずに
かなり目立つようになってきました。
* * * * *
上空にはカラスやスズメ、地面には働き者のありんこたち。
「この子は いつまで この姿なのかねえ?」
身を隠せていない彼(彼女)が気になって 家人と首をかしげます。
大きくなるばかりで いつまでたっても サナギになる気配がないのです。
もしかして、これが本来の姿か?
と思うのですが(ある意味、そうなのでしょうが)
元気に成虫になるのを早く見たい気持ちにもなってきました。
* * * * *
ハテナがマックスになったところで、ようやく 彼(彼女)が
トビモンオオエダシャク
という シャクガ と呼ばれる蛾だということを 知りました。
彼らは 夏の終わりから秋にかけて土にもぐり
土の中でサナギになって 冬を越し、
そうして 来年の春頃、ようやく成虫になって現れます。
成虫は、よくコンクリートの壁にぺたりと貼りついている、
ちょっとぽっちゃり胴体の、いかにも 「ガ」 の容貌です。
ああ そうか。
ちょっと気色悪いなとさえ思ってた 壁にぺったりはりついてたあの子たちは
こうして 前の年に
嵐の日も 梅雨の日も 猛暑酷暑の日も ひたすら擬態しつづけて
たくさんの外敵から身を守り 生き抜いて 生き抜いて
ようやく大人になったんだなあ。
世界のかたすみで 目立つでもない存在の 足元のちいさな命が
やっぱり今日も あちこちにいるんだなあ。
あたりまえ、なんですけれどね。